中山美穂さんがドラマ出演 来年1・9スタート 香取慎吾主演のフジ系「日本一の最低男−」

フジテレビは16日、来年1月9日スタートのドラマ「日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった」(木曜、後10・00)の1話と3話に、今月6日に亡くなった中山美穂さん(享年54)が出演することを発表した。11月末に撮影を終えていたといい、所属事務所、遺族との協議の結果、「そのご意向を汲み、予定通り放送させていただきます」とした。 中山さんは主人公・大森一平(香取慎吾)の義弟・小原正助(志尊淳)が保育士として働く保育園で、園長を務める園田美奈子(そのだ・みなこ)役を演じている。 フジテレビは「この度のご訃報に触れ、残念でなりません。これまでのご功績に敬意を表すと同時に、謹んでご冥福をお祈り申し上げます」とのコメントを寄せた。

中山美穂さんが生前撮影したドラマが来年放送 公式サイト「本人が心から楽しみにし大切に取り組んでいたものです」

6日に死去した女優・中山美穂さん(享年54)が生前撮影したドラマが放送されることが16日、明らかになった。公式サイトなどで発表された。出演するのは、来年1月9日スタートのフジテレビ系ドラマ「日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった」(木曜・後10時)と、同14日スタートのテレビ朝日系ドラマ「家政夫のミタゾノ」(火曜・後9時)の2本。 香取慎吾(47)が主演する「日本一の―」は、テレビ局の報道マンの“最低男”が、不祥事を起こし退社し、世間を見返そうと政治家を目指すストーリー。中山さんは、主人公の義弟が勤務する保育園の園長役。1月9日の初回と同23日の第3話に登場する。 また、松岡昌宏(47)が主演する「家政夫の―」では、第1話のメインゲストで出演する。撮影は全て終了しており、テレビ朝日は「役柄等詳細につきましては後日改めて解禁を予定しております」とした。 中山さんの公式サイトでは「どちらの作品も、本人が心から楽しみにし、大切に取り組んでいたものです。放送を楽しみにお待ちいただけますと幸いです」とつづられた。 また、日本レコード大賞の「特別功労賞」が贈られるとも発表された。中山さんは85年に「C」で歌手デビューし、同年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。86年の「ツイてるねノッてるね」、88年の「You’re My Only Shinin’ Star」が金賞を獲得している。

文化放送・齊藤社長、定例社長会見で他界した中山美穂さん、小倉智昭さんを悼む

文化放送の定例社長会見が17日、東京・浜松町の同局で開かれ、齋藤清人社長が54歳で6日に他界した歌手の中山美穂さん、77歳で旅立ったフリーアナウンサーの小倉智昭さんを追悼した。 齋藤社長は中山さんがデビュー直後の1985年から87年までタレント吉田照美(73)のワイド番組の中で10分間の帯番組を担当していたことを振り返り、「吉田さんが番組企画で中山さんと交換日記をしていたのを自慢げに話していたのを覚えています」と語った。さらに「中山さんは歌手、俳優としてだけでなく、声に特徴があり、ナレーションなど声、語りで魅力を発揮してほしかった。ある種の味が出てくるのはこれからで楽しみにしてました。ラジオマンとして非常に残念です」と早過ぎる別れを悼んだ。 小倉さんはレギュラーのワイド番組を同局で3本持っていた。齊藤社長は「87年、自分が新人時代に朝の番組を見学に行きました。小倉さんはかん高い声に特徴があり、パーソナリティーとしてラジオの人だなと思ってました。テレビにラジオの手法を持って行かれた人です。ミスター・ブロードキャストと思っている」と生前をしのび、「生放送でキューをふりたかった人です」と追悼した。

中山美穂さん急逝直前まで連絡〝お兄ちゃん〟が明かした秘話&2ショットにファン感涙「悲しいけどちょっとほっとしたよ」「ありがとうって伝えたい」

6日に急逝した女優で歌手の中山美穂さん(享年54)を、兄役で共演歴のあるミュージシャンが追悼した。 ロックバンド「FLYING KIDS」の浜崎貴司(59)が自身のXを更新。「中山美穂さんのニュースはちょっとまだ受け止めきれず、うまく言葉に出来ません」とした上で、「ただ、私と彼女は、一昨日(12/5)の夜19時頃まで、LINEでやりとりしていました」と報告。 「実は私は、12/1(日)にビルボード横浜で開催された、中山さんのライブに行く事になっていましたが、その日に少し熱が出て、急遽キャンセルしたのです」と経緯を伝えると、「熱はその日にすぐ下がったのですが、私のツアーが今日からなので、わざわざ気を遣って一昨日『体調大丈夫ですか?』と彼女がメッセージをくれたのです。それに対し、『もう大丈夫だよ』とか返事しながら、ライブ前の体調管理の難しさを二人で話し合いました」と秘話を明かした。 「彼女は人に会うのを制限するほど体に気を遣っているとのことでした。その時の内容で、中山さんも今、ライブに集中してるんだな、と強く感じたのです」と続け「色々憶測が飛び交い、心の落ち着かない方が沢山いらっしゃると思いますが、とにかく前日の夜までごく普通に、翌日のライブに向けて準備していたようです。このことはお伝えしておくべきかと思い記しました」と投稿するに至った想いを綴った。 最後に「もう少し、自分の気持ちの整理がついたらまた書きます。写真は2019年にNHKホールで一緒に『幸せであるように』を歌った時のもの。とっても素敵な美穂ちゃん。本当にありがとう。言葉にならない気持ちが胸にいっぱいです」と中山さんへ呼びかけて締め括っていた。 「もう少し、自分の気持ちの整理がついたら」 この投稿に「ニュースを目にして3人の〝お兄ちゃんたち〟の顔が真っ先に浮かびました」「お辛いと思いますが、声を上げていただき、ありがとうございます」「悲しいけどちょっとほっとしたよ」「最後までプロフェッショナルだったんだな」「貴方は私の青春でした。ありがとうって伝えたい」などの声が寄せられていた。 中山さんは1994年にTBSで放送されたドラマ「もしも願いが叶うなら」にヒロインとして出演。3人の兄役の長男に「ダウンタウン」の浜田雅功、次男を浜崎、三男に「To Be Continued」岡田浩暉が顔をそろえ、中山さんは〝末っ子〟をチャーミングに演じていた。

諸星和己、78歳芸能界の大先輩に「いいかげんにしろよ」と反発、中山美穂さんとの関係性問われ

元光GENJIの諸星和己(54)が13日、TOKYO MX「5時に夢中!」(月〜金曜午後5時)にゲスト生出演。中尾ミエ(78)に反発する一幕があった。 番組では54歳の若さで6日に不慮の事故で亡くなった女優の歌手中山美穂さんをしのんだ。諸星は「いろんなアイドル見てきたけど、とびっきり美人でした」などと語った。金曜レギュラーの中尾が「何もなかったの?」と諸星に質問すると、スタジオは大爆笑。数秒の間の後、諸星は「一緒に仕事ができたなっていう」と言うと、中尾から「優等生な、お言葉」とツッコミが飛んだ。諸星は芸能界の先輩に対し堂々と「いいかげんにしろよ」と切り返した。

「何しに行ってんの?」明石家さんま、木村拓哉志願の能登ロケで“一流旅館”「宿泊&ボヤキ」で賛否

明石家さんまが12月14日深夜放送の『ヤングタウン土曜日』(MBSラジオ)で、1月に地震の被害に遭った石川県を訪れたときのエピソードを告白した。 それは、木村拓哉との正月特番『さんタク』(フジテレビ系)のロケだったという。木村は今年2月、同じSTARTO ENTERTAINMENT所属のタレントと能登を訪れて支援活動に励んでいたが、「なんとか力になりたい」と再び能登行きを志願。さんまは寒い場所が苦手としながら、「木村が言うから、しゃあないか」と現地に向かったのだとか。 《何しに行ってんの?》  だが、現地の惨状にさんまは「まだまだ復興は(できてない)。『え?こんなにかかんの?』っていうぐらい。もう1年なのに」と、復興の道のりは険しいことを実感。さらに木村と炊き出しの手伝いをしたと明かしていた。  この後、さんまは木村と一緒に宿泊した旅館について、「一流旅館」と説明。2人が泊まる部屋は3階より上にあり、内風呂もあったようだが、地震の影響で「お湯が2階までしか上がって来ない」ことから、1階の大浴場に入りに行ったという。  だが入浴後、通常ならあるはずの体を拭くためのバスタオルが常備されていないことが判明。他にも歯ブラシといったアメニティがなかったなどと述べつつ、フロントの男性も勤務経験が浅いせいか、おぼつかない対応だったとボヤいた。  ところが、さんまのこの話に対し、一部ユーザーからはこんな意見が。 《何しに行ってんの?本気じゃ無いただのポーズの証拠やん》 《一流旅館に泊まって対応やアメニティが気になるって行かなきゃいいのに》 《慈善番組ってやっぱ難しいよな》  といった声が飛び交うことに。さんまは地元で一流と言われる旅館でも復興が進んでいない現実を目の当たりにし、それをラジオで報告しただけなのだが、批判が集まった背景について放送作家はこう語る。 「能登にはまだ仮設住宅での暮らしを余儀なくされている人がいます。ネットユーザーの一部は、地元で炊き出しをして過酷な生活を強いられている人々を励ました後、さんまさんと木村さんが一流旅館に泊まり、挙句の果てにクレームをつけていると、捉えてしまったのかもしれません」  番組撮影であろうと汗を流すのは尊いことなのだが、そこに偽善を感じてしまう人もいるようだ。  

「瞳に星」の少女や花に彩られたお姫様で一世を風靡、画家の高橋真琴さん死去…90歳

 瞳に星の輝くかれんな少女画で知られ、 黎明れいめい 期の少女漫画で活躍した画家の高橋真琴(たかはし・まこと、本名・髙橋誠=たかはし・まこと)さんが11月17日、食道胃接合部がんのため死去した。90歳だった。葬儀は親族で済ませた。 大阪市生まれ。1953年に大阪の貸本漫画でデビュー。57年、光文社「少女」増刊号で雑誌デビュー。漫画「あらしをこえて」「プリンセス・アン」を連載する一方、60~80年代に「なかよし」「マーガレット」など少女漫画誌の表紙や文房具などにイラストを描き、瞳の大きな少女や、花に彩られたお姫様の少女画で一世を 風靡ふうび した。少女漫画のファッション画的な様式を確立したとされる。漫画の代表作に「パリ~東京」「さくら並木」など。

中山美穂さん死去を公式サイト発表「驚きと悲しみで呆然と」午前7時まで打ち合わせやりとり

女優中山美穂さんが6日、都内の自宅で死亡していたことが分かった。54歳。同日、公式サイトで発表された。この日は、クリスマスコンサートの大阪公演を行う予定だった。 所属事務所は「関係者各位並びにファンの皆様」と題し、コメントを発表。「本日12月6日に、弊社所属のタレント中山美穂が自宅で亡くなっているのが発見されました。日頃よりお世話になっている関係者の皆様及び応援してくださっているファンの皆様に、突然このようなお知らせをすることになり、心苦しいばかりですが、あまりに突然の出来事で、弊社も驚きと悲しみで呆然としております」と記した。 死因については「なお、死因等の詳細は現在確認中です」とした。その上で「マスメディアの皆様におかれては、ご家族やご親族に配慮し、過度な取材・報道は厳に慎んでいただくよう切にお願い申し上げます」とつづった。 関係者によると、自宅の浴槽で倒れている様子を発見した関係者が119番通報。正午過ぎに死亡が確認されたという。 中山さんはこの日午前7時までに、仕事の打ち合わせをLINE(ライン)でやりとりをしていたが、午前9時に乗る予定だった新幹線のホームに姿を見せず、その後連絡が取れなくなった。その後、事務所の職員が中山さんの自宅を訪れたところ、浴槽内で溺れているような状況でいたのを発見したという。 中山さんは1970年(昭45)3月1日、東京都生まれ。1985年(昭60)年にTBS系ドラマ「毎度おさわがせします」で女優デビュー。同年に「C」で歌手デビューし、NHK紅白歌合戦に7年連続で出場した。「ミポリン」の愛称で人気を博し、映画「Love Letter」(95年)でブルーリボン賞主演女優賞、「東京日和」(97年)で日本アカデミー賞優秀主演女優賞した。 私生活では02年に辻仁成氏と結婚し、翌年にパリ移住。04年1月に長男を出産したが、14年に離婚した。19年には歌手活動を再開し、約20年ぶりの新作アルバムをリリース。昨年約24年ぶりの全国ツアーを開催した。

中山美穂さん死去 共演多数の「SMAP」ファンにも広がる動揺…いまも語り継がれる木村拓哉との“衝撃展開”ドラマ

12月6日、女優で歌手の中山美穂さんが、東京都内の自宅で亡くなった。享年54。突然の訃報は、多くの人に衝撃をもたらしている――。 「中山さんは6日の夜、大阪でコンサートをおこなう予定で、午前9時ごろ、事務所関係者と待ち合わせしていました。しかし約束の場所に来なかったため、事務所関係者が中山さんの自宅を訪れたところ、正午すぎに浴室で亡くなっているのが発見されたそうです」(芸能記者) 中山さんは1985年のドラマ『毎度おさわがせします』(TBS系)で女優デビューし、同年のシングル『「C」』で歌手デビューも果たす。1987年の『ママはアイドル!』(同)や1989年の『君の瞳に恋してる!』(フジテレビ系)など、1980〜990年代にかけて、多くのドラマで主演を務めた。 亡くなったことを受け、女優としての中山さんの功績を思い返す人も多いが、Xでは《中山美穂さんの全盛期にSMAPメンバーが脇役に回るという豪華なドラマやったね》《「SMAPの草彅剛」ではなく「草彅剛」として意識したのは中山美穂さんと唐沢寿明さんダブル主演の『おいしい関係』だった》と、2016年に解散した国民的グループ「SMAP」との共演を思い返す人が多かった。 「中山さんと彼らの共演作が多かったからでしょう。1995年のドラマ『For You』(フジテレビ系)で香取慎吾さん、1996年のドラマ『おいしい関係』(同)で草彅剛さん、そして1998年には『眠れる森 A Sleeping Forest』(同)で、木村拓哉さんと共演しました。 中山さんは、中居正広さんと稲垣吾郎さん以外のSMAPメンバーと、ドラマで共演しているんですよ。 当時、彼女は女優、歌手として絶大な人気を誇っていたので、のちに国民的アイドルになるSMAPメンバーを脇に従えるような作品もありました。SMAPファンにとっても思い出深い作品が多かったでしょうから、今回の発表にショックを受けているんです」(前出・芸能記者) なかでも《ミステリードラマ史上最高に好きな作品だった》と、X上のファンも振り返るように、木村とW主演を務めた『眠れる森』は、放送から20年近く経っても視聴者の記憶に残っている。 同作は、中山さん演じる主人公が、エリートサラリーマンの恋人(仲村トオル)との結婚を控えていたところ、木村演じる「謎の男」が現れたのを機に、周囲で不気味なことが起こる物語。 「当初、木村さん演じる謎の青年が主人公につきまとっていたものの、主人公が子どものころに家族を惨殺された事件をめぐって、重大な秘密があることが明らかになっていくという、本格的なミステリー展開が特徴です。 終盤には、劇中で木村さんが死をとげる衝撃的な展開もあり、大きな話題になりました。 トップアイドルの木村さんと中山さんが、シリアスな役を演じたことで、多くの人の印象に残りました。今後も、この作品が語り継がれるのは間違いありません」(前出・芸能記者) たくさんの人の記憶に残る演技で、女優として高く評価された中山さん。改めて、亡くなったことが悔やまれるばかりだ。

中山美穂さん 3人のミュージシャンとの波乱万丈、恋多き女が追い求めた“自由な生き方”

あまりにも突然で、あまりにも早すぎる……。12月6日、中山美穂さんが亡くなったと報じられた。 「この日は大阪でライブが予定されていたんですが連絡がとれず、スタッフが自宅を訪れたところ浴室で倒れていた中山さんを発見したそうです。警察官が駆けつけ、死亡が確認されました」(スポーツ紙記者、以下同) 54歳という若さでの急逝。1980年代にトップアイドルとして輝き、波乱の人生を駆け抜けてきた。 「1985年にTBS系列で放送されたドラマ『毎度おさわがせします』で女優デビュー。中学3年生でした。思春期の男女が繰り広げる恋と性の騒動を描くコメディータッチのドラマでしたね。中山さんはツッパリ娘の森のどかを演じて大人気に。同じ年に『夏・体験物語』で主演を務めるとともに主題歌『C』を歌い、歌手としても活動を始めます。日本レコード大賞で最優秀新人賞を獲得しました」 長野県の小さな町に生まれ、3歳の時に親が離婚、母と妹・忍とともに上京。親戚などの家に預けられ、幼少時には苦労も多かった。 アイドル業に抱えていた違和感 「原宿でスカウトされると、“母を幸せにしたい”との思いから芸能界入りを決めました。歌はヒットしドラマでは主演を務め、アイドルとして大成功。でも、本人は違和感を抱えていたようですね。“地味でいいから手応えのあるものをやりたい”と思っていたそうですから」 転機となったのは、1995年の映画『Love Letter』だった。 「岩井俊二監督の初長編映画で、中山さんは他人ながら風貌がそっくりな二人の女性を一人二役で演じました。演技が高く評価され、ブルーリボン主演女優賞を受賞。それまでのアイドル的な役柄から脱皮し、アート系の映画に挑戦するようになります」(映画誌ライター) プライベートでは、2002年に大きな出来事があった。辻仁成氏との結婚である。 「辻氏は芥川賞作家でミュージシャン。映画監督でもあります。結婚後にパリに移住したのは、生まれてくる子どもにのびのびと育ってほしいとの思いからでした。2004年に長男を授かり、パリで子育てに専念します。しかし、2014年に離婚。親権は辻氏が持つことになりました」(前出・スポーツ紙記者、以下同) 親権を譲ったことで、中山さんは激しいバッシングにさらされることになった。 「“子どもを捨てて恋に走った”と批判されたんです。でも、中山さんにとっても苦渋の決断でした。フランスの法律では離婚すると親権は半分ずつになりますが、日本ではどちらか一方が持つことになっています。最終的に辻さんに譲ることに決めたそうです」 離婚は音楽家との交際が原因か 2014年に中山美穂さんが交際していた音楽家・渋谷慶一郎氏(本人のインスタグラムより) 【写真】中山さんが愛した「3人のミュージシャン」たち 中山さんは2014年に雑誌『美ST』(10月号)のエッセイで、離婚の経緯と息子への思いを綴っていた。 《いちばんに願うのは息子の幸せです。寂しい思いをさせてしまったことは、毎日胸が痛みます。これから思春期に入っていく彼の微妙な変化も何もかも、すべて受け止めて支えてあげられたら》 離婚の原因として報じられていたのが、音楽家・渋谷慶一郎氏との交際だった。 「2014年4月に帰国すると、空港には多くの報道陣が詰めかけました。質問にはノーコメントでしたが、“辻さんとお会いになる予定はあるんですか?”との問いかけには“はい、あります”と返答。その後もカメラマンが追いかけてきたことに怒ってトラブルになったことが印象を悪くしましたが、真相は取材の取り決めに行き違いがあったんです」(テレビ局関係者、以下同)