中山美穂さん死去 共演多数の「SMAP」ファンにも広がる動揺…いまも語り継がれる木村拓哉との“衝撃展開”ドラマ

12月6日、女優で歌手の中山美穂さんが、東京都内の自宅で亡くなった。享年54。突然の訃報は、多くの人に衝撃をもたらしている――。 「中山さんは6日の夜、大阪でコンサートをおこなう予定で、午前9時ごろ、事務所関係者と待ち合わせしていました。しかし約束の場所に来なかったため、事務所関係者が中山さんの自宅を訪れたところ、正午すぎに浴室で亡くなっているのが発見されたそうです」(芸能記者) 中山さんは1985年のドラマ『毎度おさわがせします』(TBS系)で女優デビューし、同年のシングル『「C」』で歌手デビューも果たす。1987年の『ママはアイドル!』(同)や1989年の『君の瞳に恋してる!』(フジテレビ系)など、1980〜990年代にかけて、多くのドラマで主演を務めた。 亡くなったことを受け、女優としての中山さんの功績を思い返す人も多いが、Xでは《中山美穂さんの全盛期にSMAPメンバーが脇役に回るという豪華なドラマやったね》《「SMAPの草彅剛」ではなく「草彅剛」として意識したのは中山美穂さんと唐沢寿明さんダブル主演の『おいしい関係』だった》と、2016年に解散した国民的グループ「SMAP」との共演を思い返す人が多かった。 「中山さんと彼らの共演作が多かったからでしょう。1995年のドラマ『For You』(フジテレビ系)で香取慎吾さん、1996年のドラマ『おいしい関係』(同)で草彅剛さん、そして1998年には『眠れる森 A Sleeping Forest』(同)で、木村拓哉さんと共演しました。 中山さんは、中居正広さんと稲垣吾郎さん以外のSMAPメンバーと、ドラマで共演しているんですよ。 当時、彼女は女優、歌手として絶大な人気を誇っていたので、のちに国民的アイドルになるSMAPメンバーを脇に従えるような作品もありました。SMAPファンにとっても思い出深い作品が多かったでしょうから、今回の発表にショックを受けているんです」(前出・芸能記者) なかでも《ミステリードラマ史上最高に好きな作品だった》と、X上のファンも振り返るように、木村とW主演を務めた『眠れる森』は、放送から20年近く経っても視聴者の記憶に残っている。 同作は、中山さん演じる主人公が、エリートサラリーマンの恋人(仲村トオル)との結婚を控えていたところ、木村演じる「謎の男」が現れたのを機に、周囲で不気味なことが起こる物語。 「当初、木村さん演じる謎の青年が主人公につきまとっていたものの、主人公が子どものころに家族を惨殺された事件をめぐって、重大な秘密があることが明らかになっていくという、本格的なミステリー展開が特徴です。 終盤には、劇中で木村さんが死をとげる衝撃的な展開もあり、大きな話題になりました。 トップアイドルの木村さんと中山さんが、シリアスな役を演じたことで、多くの人の印象に残りました。今後も、この作品が語り継がれるのは間違いありません」(前出・芸能記者) たくさんの人の記憶に残る演技で、女優として高く評価された中山さん。改めて、亡くなったことが悔やまれるばかりだ。

中山美穂さん 3人のミュージシャンとの波乱万丈、恋多き女が追い求めた“自由な生き方”

あまりにも突然で、あまりにも早すぎる……。12月6日、中山美穂さんが亡くなったと報じられた。 「この日は大阪でライブが予定されていたんですが連絡がとれず、スタッフが自宅を訪れたところ浴室で倒れていた中山さんを発見したそうです。警察官が駆けつけ、死亡が確認されました」(スポーツ紙記者、以下同) 54歳という若さでの急逝。1980年代にトップアイドルとして輝き、波乱の人生を駆け抜けてきた。 「1985年にTBS系列で放送されたドラマ『毎度おさわがせします』で女優デビュー。中学3年生でした。思春期の男女が繰り広げる恋と性の騒動を描くコメディータッチのドラマでしたね。中山さんはツッパリ娘の森のどかを演じて大人気に。同じ年に『夏・体験物語』で主演を務めるとともに主題歌『C』を歌い、歌手としても活動を始めます。日本レコード大賞で最優秀新人賞を獲得しました」 長野県の小さな町に生まれ、3歳の時に親が離婚、母と妹・忍とともに上京。親戚などの家に預けられ、幼少時には苦労も多かった。 アイドル業に抱えていた違和感 「原宿でスカウトされると、“母を幸せにしたい”との思いから芸能界入りを決めました。歌はヒットしドラマでは主演を務め、アイドルとして大成功。でも、本人は違和感を抱えていたようですね。“地味でいいから手応えのあるものをやりたい”と思っていたそうですから」 転機となったのは、1995年の映画『Love Letter』だった。 「岩井俊二監督の初長編映画で、中山さんは他人ながら風貌がそっくりな二人の女性を一人二役で演じました。演技が高く評価され、ブルーリボン主演女優賞を受賞。それまでのアイドル的な役柄から脱皮し、アート系の映画に挑戦するようになります」(映画誌ライター) プライベートでは、2002年に大きな出来事があった。辻仁成氏との結婚である。 「辻氏は芥川賞作家でミュージシャン。映画監督でもあります。結婚後にパリに移住したのは、生まれてくる子どもにのびのびと育ってほしいとの思いからでした。2004年に長男を授かり、パリで子育てに専念します。しかし、2014年に離婚。親権は辻氏が持つことになりました」(前出・スポーツ紙記者、以下同) 親権を譲ったことで、中山さんは激しいバッシングにさらされることになった。 「“子どもを捨てて恋に走った”と批判されたんです。でも、中山さんにとっても苦渋の決断でした。フランスの法律では離婚すると親権は半分ずつになりますが、日本ではどちらか一方が持つことになっています。最終的に辻さんに譲ることに決めたそうです」 離婚は音楽家との交際が原因か 2014年に中山美穂さんが交際していた音楽家・渋谷慶一郎氏(本人のインスタグラムより) 【写真】中山さんが愛した「3人のミュージシャン」たち 中山さんは2014年に雑誌『美ST』(10月号)のエッセイで、離婚の経緯と息子への思いを綴っていた。 《いちばんに願うのは息子の幸せです。寂しい思いをさせてしまったことは、毎日胸が痛みます。これから思春期に入っていく彼の微妙な変化も何もかも、すべて受け止めて支えてあげられたら》 離婚の原因として報じられていたのが、音楽家・渋谷慶一郎氏との交際だった。 「2014年4月に帰国すると、空港には多くの報道陣が詰めかけました。質問にはノーコメントでしたが、“辻さんとお会いになる予定はあるんですか?”との問いかけには“はい、あります”と返答。その後もカメラマンが追いかけてきたことに怒ってトラブルになったことが印象を悪くしましたが、真相は取材の取り決めに行き違いがあったんです」(テレビ局関係者、以下同)

山崎怜奈、ラジオで突然の“ご報告”「ウチの子が1歳になって」ネットざわざわ…

タレント・山崎怜奈(27)が16日までに更新されたテレビ朝日公式YouTubeチャンネル「動画、はじめてみました」に出演し、驚きのエピソードを明かす場面があった。 同局の人気バラエティー番組「激レアさんを連れてきた。」の未公開トークに登場した山崎。そこで「珍しい体験はありますか?」と質問されると、「誰にも言わずに猫を1年間育てたことがあります」と答えた。 「結構最近なんですけど。自分より弱い命を愛おしいと思い続けられるか、不安だったんですよ。ちゃんと育てられるか、1回挑戦してみたくて。でも1歳になるまでは、何が起こるか分からないから。“人に言うもんじゃない”と思って、隠していたんです」と振り返った。 「それで1歳になったタイミングで、ラジオで“昨日ウチの子が1歳になって”って言ったら、猫って言うのを忘れていて…凄くざわつかせてしまいましたね」と苦笑していた。

みちょぱ 半年間悩まされていた“症状”明かす 「皮膚がカチカチに固まっちゃって…しこりよりも固い」

タレントの“みちょぱ”こと池田美優(26)が15日放送のパーソナリティーを務めるニッポン放送「#みちょパラ」(日曜後10・30)に出演。半年間悩まされていた症状を明かした。 番組内で、6月にブヨに刺されたと明かしていたみちょぱ。実は去年も刺されていたが、かゆみはなんとか治まったという。今年はゴルフに行った際に刺されてしまい「去年と違ってパンパンに腫れちゃって、もう歩くのも痛いレベル。最初はかゆかったけど、もう痛さとの戦いで」と、去年と比べものにならないくらいの痛さを味わったと明かした。 急いで皮膚科を受診し、薬を塗って対処。「痛さは治まったんだけど、ブヨって最強だからさ。毒というか、なんかあるんだよね。実は未だにかゆくて。それも驚きじゃん」と語った。 2箇所刺されたうちの、すねの1箇所が特にかゆいという。「1日2回、急に波が来るの。かゆっ!みたいな。ずっとかゆくて、それをかかないようにしてるんだけど、寝てる間にかいちゃったりしてかさぶたになっては剥けてを繰り返しちゃって。そしたら皮膚がカチカチに固まっちゃって。なんかしこりよりも固い感じになっちゃって」と話し、テレビ番組では足が出せなくなってしまったと打ち明けた。 最終的に、薬と湿布を併用。それでも跡が残ってしまうためレーザーを当てる必要があるといい「そこそのレベルに行ってしまった…と思いながら」と後悔しつつ、「薬を塗り続けてたら、だいぶマシになったの。なんでもっと早く行かなかったんだろうっていう」とうれしそうに話していた。

みのもんた、小倉智昭さん追悼で聞こえた「80歳の事実」への驚き…闘病、『ケンミンSHOW』勇退から4年の足跡

フリーアナウンサーの小倉智昭さんが、膀胱がんのため77歳で亡くなったのは12月9日のことだった。2021年3月、小倉さんが長年、総合司会を務めていた朝の情報番組『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ系)が終了してから、わずか3年半でのことだった。 「その後も小倉さんは、フジテレビ系の冠トーク番組『小倉ベース』への出演などを続けていましたが、がんのステージ進行もあったため、仕事ペースは抑えていた印象でした」(芸能記者)  小倉の『とくダネ!』が終了した2021年といえば、もうひとりの大物アナウンサーにとっても“転機”の年となった。 「2021年3月で、みのもんたさんの冠番組『朝からみのもんた』(読売テレビ)が終了しました。これが現在のみのさんにとって、最後のレギュラー番組になっています。みのさんも、2005年から『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS系)の総合司会として、小倉さんとともに朝の情報番組を務めていました。小倉さんにとって、みのさんは3歳上のライバルといえる存在でもありました」(同前)  そこで、本誌は神奈川県内にある、みのの自宅を訪ね、小倉さんとの思い出などをうかがった。80歳を迎えたみのは、以前より、少しほっそりした印象だったが、まだまだ元気な様子。 訃報については、かなりショックを受けたようで「残念だよね……。そのひと言に尽きるよ。惜しいやつから先にいなくなるよね。寂しいよ」と、少しずつ言葉をつむいでいた。  そして、小倉さんについて「ジャンルが違う、生き方も違うしね。でも(訃報は)残念だ」と振り返るなど、しっかりと取材に応じてくれた。 最後に、みのに恒例の“銀座の夜”について尋ねると「たまに行ってるよ」と返答してくれたのだった。  この内容が伝わると、X上では《みのもんたさんも80歳か》《相変わらず元気だなぁ》《元気そうでよかったわ》と、みのが年齢を重ねた事実への驚きと、元気な様子に安堵する声が多く聞かれていた。 テレビで観ることはめっきり減ったが、本誌取材に答えた、みのの声はいまもエネルギーに満ちていた。  2019年には「パーキンソン病」と診断され、闘病していることを明かしていたが、現在も経営する会社を訪れるなど、元気に過ごしているという。 「みのさんは、全盛期にはレギュラー番組16本を抱え、2006年には『1週間でもっとも多く生番組に出演する司会者』としてギネス世界記録に認定されるほどでした。しかしパーキンソン病と診断されて以降、2020年3月には『秘密のケンミンSHOW』(読売テレビ制作・日本テレビ系)を勇退。 その後、2020年8月に『朝からみのもんた』が始まりましたが、2021年3月に終了しました。アイドルグループ『V6』の解散にともなって放送された、2021年10月の『学校へ行こう!2021』(TBS系)以降は、ほとんどテレビ出演をしていません。 近ごろ、視聴者がみのさんの姿をテレビで観たのは、2024年3月に開かれた作家・伊集院静さんのお別れの会の様子が放送されたときだったのではないでしょうか。親交の深かったみのさんは取材に応じており、そのときも久々の登場に感嘆の声があがっていました」(前出・芸能記者)  露出は減ったが、みのにはこれからも“ご意見番”として、テレビ界を見守ってほしい。

マツコ 自宅で一瞬ヒヤリのアクシデント告白 「この間、お風呂場でさ、初めてよ…」

タレントのマツコ・デラックス(52)が、16日放送の日本テレビ系「月曜から夜ふかし」(月曜後10・00)に出演し、自宅でのあわやのアクシデントを報告した。 番組では、マニアックすぎる専門誌を調査。石を愛でる月刊誌「愛石」が紹介されると、「SUPER EIGHT」村上信五から「愛石、ええんちゃう?マツコ、ありやで?」と趣味として勧められた。 しかし、マツコは及び腰。石を探しに行く道中が不安なようで、「滑って転んで頭でも打ったらどうするのよ?」と返した。 心配な出来事があったという。「この間、お風呂場でさ、初めてよ…」と、自宅の風呂で転倒したことを告白。「たまたま何も、頭とかぶつからない位置に滑ったから良かったけど、ああこれ、簡単に死ねるな、私と思った」と話した。 風呂には緊急事態の際に、フロントスタッフを呼べるボタンが付いているという。「いい位置に倒れれば、呼び出しボタンがついているのよ、うちのお風呂は。フロントにつながる緊急っていうのが」。トイレにも同じボタンが付いているといい、想定外のタイミングで押してしまったこともあるという。「1回トイレでさ…私、幅があるじゃん。またを開いた膝の角に(当たるような場所に)、緊急ボタンがあるのよ。それで何度も押しちゃって。“大丈夫ですか?”って来て。う○こしてます…」と笑わせていた。

《急逝・中山美穂さんが遺した家族》「次にいつ会えるのかは父親の判断」

歌手で俳優の中山美穂さんが亡くなった。54歳だった。12月6日、中山さんが仕事の現場に来ず、関係者らが東京・渋谷にある自宅を訪ねたところ、浴室で倒れているところが見つかったという。 「警察官や救急隊員が駆けつけて、その場で死亡を確認したそうです。遺書や事件性を疑わせる外傷については確認されていないようです。また部屋の鍵がかかっていたことから事件性はないとの報道もあります。警視庁などは、病死の可能性があるとみて亡くなった経緯を調べているようです」(全国紙社会部記者) 中山さんは1970年3月1日生まれ、東京都出身。1985年、TBS系ドラマ『毎度おさわがせします』ののどか役で女優デビューを果たし、木村拓哉と主演したフジテレビ系『眠れる森』(1998年放送)といった人気ドラマに出演した。また、歌手としても『ただ泣きたくなるの』や『You’re My Only Shinin’ Star』など多数のヒット曲を持っている。 私生活では、2002年、ミュージシャンで小説家の辻仁成(65)と電撃結婚し、パリに移住。2004年1月に長男が誕生したが、2014年に離婚し、親権は辻が持つことになった。今年、長男は20歳の誕生日を誕生日を迎えている。 極細ヒールで歩く中山美穂(2020年) 写真一覧 前夫と一緒にフランス・パリで暮らす息子は、気軽に会うのは難しい存在だったようだ。過去に中山さんは、息子との関係をこのように語っていた。 「次にいつ息子と会えるかは父親の判断なのですが、いつもいつも愛していることは伝えているし、できるだけそばにいることも伝えています。私にできることは限られているかもしれない。でも、できることは本当にすべてしてあげたいと思っています」(『Numero TOKYO』2015年1・2月合併号) 元夫は意味深長な投稿を続けて 直近で、辻は意味深長な投稿をX(旧Twitter)で連発していた。 〈自分がぶっ壊れそうになる瞬間ってのが、けっこうあるんですよね。あります? そういう時、大丈夫だから、まず、落ち着こう、と自分にいい聞かせています〉(11月17日) 〈負け惜しみじゃなく、孤独、最高だよ〜。なんか人間関係ってきつくなることばかりじゃないですか?〉(11月26日) 〈たまには人の優しさ信じてみるのもいいよね。大丈夫、失うものはない〉(12月3日) このほかも数多く、同様のポストが見受けられた。辻を知る人物が、近況を語る

「離婚してもなんの問題もない」夫・後藤田正純の泥酔キスに“結婚詐欺”騒動でも崩れなかった水野真紀(54)の“きれいな人生”

女優の水野真紀(54)が12月4日の「ヒルナンデス!」に出演。往年のアイドル南野陽子とともに河口湖畔での食レポに挑んだ。 「3歳年上の南野とは姉妹のように仲良しですが、今回のロケでは水野が南野をリード。久しぶりの全国区のテレビ出演でしたが、変わらぬ美しさにスタジオからも視聴者からもため息が洩れました」(放送記者) 高校2年生のときに「東宝シンデレラ」オーディションで審査員特別賞を受賞して女優活動をスタートさせた。 「松下電工(現パナソニック)が『きれいなおねえさんは、好きですか。』のキャッチフレーズでCMキャラクターに起用すると大当たり。当時は花嫁候補ナンバーワン女優にも選ばれた」(テレビ誌編集者) 50歳を超えてヘビメタに目覚めた 「ボケツッコミも熟練の域。関西のゴールデン帯も納得の実力者」 朝ドラから時代劇まで役の幅を広げ、2時間ドラマには欠かせない女優に成長した。2001年から司会を務める「水野真紀の魔法のレストラン」は関西ローカルの長寿番組だ。 「自身も調理師免許を持つ筋金入りの食通で、グルメ紹介から料理コーナーまでお手の物。ゲストの芸人とのボケツッコミの応酬も熟練の域です。関西の夜7時のゴールデン帯を長年占めるのも納得の実力者です」(在阪放送局員) 結婚した後藤田議員が泥酔キスに“結婚詐欺”スキャンダルも ゴシップとは無縁の水野を射止めたのは、高校時代からの友人で当時衆院議員の後藤田正純だった。 「04年5月に後藤田氏の地元である徳島で挙式。徳島市と鳴門市で2度披露宴を行い、招待客は600名にのぼった」(地元紙記者) 女優と代議士夫人の二足の草鞋生活を「すれ違いばかり」とボヤキつつも新婚時代は幸せだった。 「夫婦そろっての野球観戦を目撃されたり、番組で夫のために料理を披露することもあった。05年に長男が誕生。自宅と議員宿舎を往復し夫の議員活動も熱心にサポートした」(同前) ところが結婚8年目、夫がホステスとの泥酔キス写真を撮られる。水野は徳島の支持者に頭を下げて夫のフォローに回ったが……。 「18年に結婚詐欺で訴えられるという穏やかでない女性スキャンダルが発覚。ついに水野も堪忍袋の緒が切れた」(女性誌記者) 爾来、水野は夫の政治活動にはノータッチ。離婚はせずに別居生活が続く。 「徳島県知事夫人ですが、東京で息子と暮らしています。48歳から聖心女子大に通って取得した幼稚園教諭免許と保育士資格もあり、昨年6月には保育園運営を手掛ける会社の社外取締役に就任しており、離婚してもなんの問題もない」(芸能デスク) きれいなおねえさんを怒らせてはいけない。 (「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年12月19日号)

中山美穂さんと交際していた音楽家がXで追悼投稿「『最近どうよ』とか話せたらと思っていた」

音楽家の渋谷慶一郎氏が9日までにX(旧ツイッター)を更新。6日に54歳で急死した歌手で女優の中山美穂さんに向けたとみられる追悼コメントを投稿した。 過去に中山さんと交際していた渋谷氏は「いつか日本で飲んでるときにばったり会って『最近どうよ』とか話せたらと思っていた」と書き出し、「それが叶わなくなったのは寂しいけど、死はいつも待ってくれない。色々ありがとう。勉強になったし短い間だったけど、すごく楽しかった」と感謝。 「3人分くらい生きたと思うから向こうではゆっくり休んで」と悼んだ。 中山さんは6日、東京都内の自宅で亡くなっていたところを発見された。54歳だった。死因については公式サイトで8日、「検死の結果、事件性はないことが確認されました。また、死因は入浴中に起きた不慮の事故によるものと判明いたしました」と報告された。

少女画家の高橋真琴さん死去 90歳

漫画家で少女画家の高橋真琴さんが11月17日に亡くなった。90歳だった。高橋さんのイベント情報を発信する公式Xにて本日16日に発表された。高橋さんは幼年誌や少女雑誌、布製品や文房具のイラストなどで昭和の時代を彩り、2000年代には画家として精力的に個展で作品を発表して、長きに渡り少女文化に貢献。少女の瞳に星の輝きを描くスタイルを確立した作家としても知られている。 【画像】瞳キラキラ!昭和感あふれる…高橋真琴さが描いた少女イラスト Xでは「高橋真琴は かねてより入院加療中でございましたが 去る11月17日に食道胃接合部癌にて 90歳で永眠いたしました」と報告。 「葬儀は故人の遺志により11月25日に親族のみにて相済ませました お知らせが遅くなりました事をお詫びいたしますと共に故人が生前賜りましたご厚情に深く感謝申し上げます」と伝えた。 続けて「故人の遺志により偲ぶ会等の予定はございません 尚 誠に勝手ながらお香典ご供花ご供物などのお心遣いは故人の遺志により辞退させていただきたくお願い申し上げます」とつづっている。 高橋さんは1934年、大阪出身。 貸本漫画でデビュー後、雑誌『少女』にカラー連載「あらしをこえて」などを発表する。以後、『なかよし』『マーガレット』『よいこ』など雑誌の表紙、口絵、挿絵を描くほか、ハンカチなどの布製品、スケッチブックや筆箱といった文 房具類などで、数多くの少女画を手がける。 1992年から現在まで定期的に新作個展を開催し、精力的に作品を発表。 近年は、アパレルブランド<コム デ ギャルソン>や<アナスイ>などのコレクションに少女の絵柄が起用され、大きな話題となる。真琴アートで描かれる世界を、ユートピアにかけて「マコトピア」と名付け、その唯一無二の世界観を伝えながら、自身のペー スで新作に取り組んでいた。